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月華菩薩開経図
ゲッカボサツカイキョウズ

夜坐の譚

月と言えば今でも鮮明に心に憶えていることがある…。

かつて佛通寺に拝登し、遊龍閣に在って画禅修道をしていた頃、開山堂に登り夜坐(やざ)をしたことがあった。夜坐とは文字通り、寺や僧堂での一日の修行を終えた夜、山内の様々な場所で自発的に行う坐禅のことを言う。

当時、まだ私は三十代半ばだったので、もうかれこれ二十年以上も前のことになる。三原市高坂にある御許山佛通寺は臨済宗佛通寺派の大本山として西日本屈指の専門道場で知られ、1397年の愚中禅師の開山以来、悠に600年以上の歴史を有する禅の大古刹である。

懐中電灯で足下を照らしながら山に埋れたような角度も高さも揃わぬ石段を注意深く登って行く…。注意深く…結局私は一度も遭遇したことは無かったのだが、この山道には蝮が出ると云う。…と15分ほどで頭上に開山堂の真っ黒い影が雑木林の中に忽然と現れる。草履を脱いで開山堂の扉の前に坐り、両膝を床に落として静かに足を組む。ただ耳に聞こえるのは初秋の虫の声のみで文明の音は一切しない。四方を杉木立と篁に囲まれて太古悠久を想える時間の無い時間が流れていく…。

呼吸を調え、静かに半眼で開山堂前の遺構の空地に目を落としたその時だった。

私はそこに在る石や草木、遺構の凹みなど無音の情景の鮮烈な光と影のコントラストに驚かされたのである。それはまるでデ・キリコの形而上学的風景を見せられているようで何とも不思議で奇妙な光景に思えた。…眼の前に観る現実の世界が夜に見えないのである。私は咄嗟にこの現象の原因を探して空を見上げた。

見上げる私の真上にその月はあった。

それは天中に在って夜の静寂に皓々と光を只放っている。その光の何とも強く明瞭で美しいこと…。道釈画に古くから描かれて来た「朝陽対月図」という画題を思い出した。これは禅僧が月の灯りで経を誦み、衣の綻びを針繕いする情景を描いて日々の仏道修行の厳しさと仏の恩恵の尊さを水墨画に示したものである。…が、蓋(けだ)しこの画題に見る行為は真実日常のことだったなのだろうと思えた。確かにこの月光の下では文字も書ければ、地面に落とした針でさえ拾える筈だ。

夜…月の明かりよりも明るいものが無かった時代なればこそ当たり前に思え出来たことが今はそう思い出来なくなっている…。何百年経っても変わらない真実が真実として今もあるのに見えないのはそれに対する人の心がいつの時代にか変わったからである。

夜の光を様々に操り、自在に扱うようになった我々の現代文明がともすれば忘れてしまいそうな「月の恩恵」を改めて思い知らされる情景が佛通寺開山堂のその月光にあった…。

この体験以来、今に至るまで私が道釈画に「月」を画く時、まさにこの佛通寺開山堂で昔、自らの心に深く憶えた「感得の月」に強く想いを馳せるのである。

月の光は古来「月華」(げっか)とも呼ばれた。月華は遍(あまね)く、夜の天地を柔らかく明るく照らし出す…。その仏の恩恵にも似た月華の下、独り聖観世音菩薩が衆生の為に経巻を開き、経文を誦(よ)む。

聖観世音菩薩は三十三身に姿を変え、現世に遍くその姿、仏徳を現し広く様々な形で衆生を救うと云う。

…さて、この菩薩。

右手を月にかざして一体何をしているのか…。

天地をいっぱいに包む月の光は僅かな指の隙間をも自在にすり抜け真実を照らし出す、例えそれが眼に見えぬ小さな夜露一雫であっても分け隔て無く降り注ぎ到るのである…。自然の恩恵、仏の大慈悲は斯く人知れず常に我々の身近に満ち満ちているのである。

文 ・玄鶴樓主人
2016年2月 制作

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