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黒楽茶碗 銘「烏啼」(清水寺貫主 森清範師 箱書)
クロラクヂャワン メイ「ウテイ」

鋏跡の譚

この黒楽の茶碗は、京都清水寺の森清範貫主の揮毫に依り「烏啼」(うてい)と銘名された。

黒楽の茶碗は窯から取り出す際、柄の長い特殊な鋏が使われる。1000度を超えて柚子色の炎を噴き出す窯の中へ直接鋏を入れ摘み上げるのだから当然、茶碗の表面に鋏跡がくっきりと残る…。黒楽の制作工程の上でこれは止むを得ない仕儀と言える。見方を変えばこの事実は黒楽の黒楽たるを証明してきた痕跡なのである。この黒楽の鋏跡を「きず」と捉えるか、「景色」と捉えるか…。天谿さんは後者を日本特有の優れた美意識だと考えている。それがきずであれ、不都合なものであれ、制約であれ…果ては今に無用のものであれ、日本の美意識にはあらゆるものに価値を見出し、それを楽しむ術(すべ)がある。あるがままの自然の摂理を受け入れ、それにほんの少しの美意識を加えてその摂理の中に在ることを大いに楽しむのである。

たっぷりと口縁に塗り重ねられた黒楽の釉薬が焼成時に自然に垂れ下がり、緩やかに連なる深い夜の山々の様に見える。「幕釉」(まくゆう)と言われる施釉法だ。高温に変化した釉肌の調子は満天の星座を連想させる。…そして天谿さんが敢えて工房の一番大きく古い鋏で摘んだ跡がまるで夜に掛かる半月の様にくっきりと黒の光沢に浮かび上がるのだ。森清範貫主はこの景色に有名な漢詩の一節を想われたことだろう…。

中唐の詩人張継(ちょうけい)の「楓橋夜泊」という詩の中にこの句はある。

【月落烏啼霜満天】

月は落ち烏啼きて霜天に満つ…夜半の月は落ち、漆黒の闇に紛れて烏が鳴いて天は冷たく霜気に満ちる… 晩秋の真夜中、黒一色の情景が時の経過と烏の声と気温の体感のみで、眼に視るより豊かに想像される。 自然と共生し、そこに一期の楽しみや出逢いを大切にする私たちの文化は人をもてなす為の道具の在り様にすら境涯や心情をかさねて来たのである。そして現代…私たちの日常に自らの理想や思いをかさねて愛玩出来る特別な道具はあるだろうか。

文 ・太書紀

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