【白文】

【読み下し文】

天工画く事 自在にして仙
玉屑(ぎょくせつ)は繽絃(ひんげん)紛(まご)ふを紘く覆す
年稔(ねんねん)の時は豊かにして此れ従り始まり
煕々(きき)たる四海 令和の禅

※玉屑(玉を砕いてつくる不老不死の仙薬・または雪のこと)

【大意】

天の摂理の示すところは自在であり仙人のようである
不老不死の仙薬は複雑に乱れ絡まるこの世を覆す
年稔の時は豊かに今此れより始まり
天下に果てしなく令和の禅が満ちる

【解釈】

天意を以て画くところ自在にして妙
である
雪(道釈画・雪舟の正脈)は多種多様の文化や価値観の中に動揺することなく普(あまね)くこの世を覆い新たな役割を示すだろう
豊かに稔りある進展の時代が今ここから始まる
舟は涯(はて)なく広がる天地四海に漕ぎ出し「令和」の新たな禅が興る

かつて画祖 雪舟等楊は10歳にして京都五山の名刹相国寺に上がり、精励厳格の禅風を以て世に鳴った第三十六世住持 春林周藤(しゅんりんしゅうとう)に禅を、既に水墨画の名手とその名を馳せていた天章周文(てんしょうしゅうぶん)に画を学び、文字通り画禅一如の修行に入る。
彼は相国寺の知客職(しかしょく)の役にあったことから当時「楊知客(ようしか)」と呼ばれていた。
知客職とは寺内の接客係のことである。
禅を拠り所としてその画境に求道専心し、更なる水墨の境涯に至ろうとする四十歳を過ぎた頃、彼は元朝随一の高僧と知られた中国紹興の天寧永祚寺(てんねいえいそじ)に住した楚石梵琦(そせきぼんき)大師の古い墨蹟を手に入れる。
これを彼は大いに喜び、生涯自らの名としたいと望むのである。
この墨蹟こそ「雪舟」のふた文字であり、のちの日本の禅文化史・水墨画史は言うに及ばず日本の絵画史に「画聖」として後進の仰望の的となり、世世の歴史にその名跡を刻むこととなる。
この名を自らの正式な名号とする為、彼は相国寺山内の塔頭(たっちゅう)鹿苑院(ろくおんいん)に住した五山僧 龍崗真圭(りゅうこうしんけい)にこの二字の意義を謳う由来書の揮毫を依頼する。
これが後世に名高い「雪舟二字説」と称されるものである。この「雪舟」誕生の5年に及ばぬ後に時代は応仁の乱(1467年)へ突入し、京都は長い戦火に焼き尽くされていくのである…。
この時、雪舟47歳。
動乱の京の都を見限るように西国へ下り、大内船で入明、中国各地を修学すること二年、四明山天童寺に参じ「天童第一座」の称号を得て帰国する。

時を隔てること六百年…。
令和改元のその月の二十日の朝。
相国寺第百三十二世住持であり、私が十代学生の頃より唯一無二の道釈画の師と今に仰ぐ有馬賴底老師より「雪舟道号偈(どうごうげ)を今から書くから取りに来い」とのお電話を頂く。直ちに相国寺山内の大光明寺に参上し、拝領したのがこの偈頌(げじゅ)である。
偈頌とは古く禅宗に伝わる七言絶句28文字から成る作詩の慣習であり、「道号偈」とは師が弟子の一定の修行の証しとして、また師が弟子に如(か)くある可(べ)しとして書き与える道号(名)に付ける漢詩をいう。
かつて楊知客が龍崗真圭の書をして「雪舟」の号を正式の名としたように令和改元の新時代の幕開けに 画祖所縁(ゆかり)の相国寺の師より改めて「雪舟」の道号偈を賜ることの意義は計り知れないものであると今更に有難く痛感する次第である。

さて…この雪舟道号偈頌。
一見、「雪舟」にはなんの関連性も見出せない偈頌のようである…が、よくよく考察し、これを深く味わうと詩中の「玉屑」に雪、「四海」に舟がくっきりと現れてくる…。
やはり流石としか言いようがない。
その作詩力は現代にあって正に室町五山の僧に比肩する力量と只々驚嘆させらるのである。
この先、私の描く道釈画が「玉屑」となれるか否か …はたまた「令和の禅」を水墨に現出できるか…。

思えば…我が師には道釈画家として二つの大きな名を頂いた。2007年に天谿の号偈を頂いて我が本号とし、そして今また令和改元の節目にいよいよ雪舟の道号偈を賜った。雪舟画系に列なる道釈画家としてかの偉大な画僧が現代にあれば「令和の禅」をどう描き、何を成すのか…自らの墨筆に常に問いながら筆の向かう先に未だ見ぬ境涯を探求していかねばならないと決意を新たにするのである。
「雪舟」は過去に無く、未来にこそある…。
これこそがこの雪舟道号の偈頌に込められた究極の師の願いであり、大きな誡めなのだと今の私には思えるのである。